新宿武蔵野館にて鑑賞。
2017年度アカデミー賞で6部門にノミネート、うち主演男優賞と脚本賞を受賞した作品です。
静かに、淡々と進んでいく作品です。派手ではありませんが、登場人物の細やかな仕草や表情がリアルで、小さなエピソードが胸に染みて、心が切り裂かれそうになる悲しいお話でした。でも、最後の最後にほんのわずかだけ光が射しこんだような気がしました。
いくつかのシーンでぼろぼろと泣いてしまった。
Contents
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
基本情報
監督:ケネス・ローガン
出演:ケイシー・アフレック/ミシェル・ウィリアムズ/カイル・チャンドラー/ルーカス・ヘッジス
製作:2016年アメリカ
あらすじ
アメリカ、ボストン郊外で便利屋として生計を立てるリーは、兄ジョーの訃報を受けて故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻る。遺言でジョーの16歳の息子パトリックの後見人を任されたリーだったが、故郷の町に留まることはリーにとって忘れられない過去の悲劇と向き合うことでもあった。
取り戻せない過去、償いきれない罪に苦しむ男性の姿が描かれます。
以下の2作品はSF作品ですが、テーマが似ている部分がありますので、よろしければあわせてどうぞ♪
<スポンサーリンク>感想(ネタバレあり)
人生には「取り返しのつかない過ち」というものがある。ほんの一瞬の不注意や油断、慢心から、想像もしていなかった結果が突きつけられてしまう。そうかと思えば、似た状況でも何事もなく過ぎてしまうこともある。別れ道の「あちら」と「そちら」で、行き先がまるで違う。いったい何が、人の運命を分けるのというのか…。
時間が過ぎても決して癒されることのない心の傷を負っても、それでも生きて行かねばならない。いっそ死ねたらと思うのに、心の傷では人は死ねない。
主人公リーが直面した、想像を絶する悲劇。
彼はその悲劇をきっかけに故郷を離れ、人と関わることを避け、虚ろな日々を送っている。
▼主人公リー・チャンドラーを演じたケイシー・アフレックはアカデミー主演男優賞を獲得。
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暗い海の底でじっと耐えているようなリーの表情。笑うこともない。何かを楽しむこともない。ただ過ぎていく日々をやり過ごす。涙を流したり泣き叫んだりせずとも、全身から哀しみと絶望が伝わってくる。
大きすぎる哀しみは心を壊し、壊れた心は二度と元に戻ることはない。哀しみをたたえたケイシー・アフレックの演技はアカデミー賞獲得も納得の名演技でした。
137分と長尺で、淡々と進んでいく作品です。けれど時間は気にならなかった。マンチェスターの寒々しい冬の風景と、鈍色の空。空の色をそのまま映したような海。物悲しい景色とリーの心情が、マッチしていて美しい映画でした。
決して癒えることのない傷
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リーは「これが人の暮らす部屋なのか?」と思うくらい何もない殺風景な部屋で暮らしている。ボストンで最低賃金で便利屋として働いているが無愛想で客とのトラブルも多い。
そんなリーの元へ、うっ血性心不全を患っていた兄ジョーの訃報が届く。リーは故郷に戻り、葬儀の準備や諸手続きを進めていくが、リーは兄が遺言で息子パトリックの後見人にリーを指名していたことを知る。パトリックの母(ジョーの元妻)はアルコールに溺れ家を出て以来、疎遠になっており、リーの他に適任は見当たらない状況だった。
「あれがリー・チャンドラーか。」
小さな町の人々はリーを見ると顔を見合わせ、眉をひそめる。
かつてリーの身に”何か”が起こった。町の人々の様子から、それがとても恐ろしい出来事だということがわかる。
物語は兄の葬儀や雑務に追われつつ、甥のパトリックの面倒を見る「現在」に、過去のエピソードが挿入されながら進んでいく。
回想シーンで描かれるのは、「現在」と比べて、驚くほど色鮮やかで幸せな日々
今とは別人のように明るく冗談好きで、多くの友人に囲まれているリー。そして愛する妻ランディと、3人の子供たち。かつてリーはとても幸せな男だったのだ。
一体彼に何が起こったのか?
私のなかに、ひたひたと嫌な予感が押し寄せる。そして、その予感は的中する。
彼は3人の子どもを、一度に失ったのだ。しかも自分の不注意で…。
笑えるはずがない。誰かと楽しく会話などできるはずがない。リーは大きな罪悪感と抱えて、ひたすら自分を責め続け、子供たちに詫びつづける。
何もない殺風景な部屋に飾られた3枚の写真。その写真に何が映っているのか、画面でははっきり明かされなかったが、何が映っていたのか、わかる。それはかつての幸せな日々の写真に違いない。他のものは無造作に扱っても、写真だけは大切そうにそっと布にくるむ姿が印象的だった。
16歳の精一杯の強がり
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父親が亡くなったというのにバンド活動や二人の彼女とのデート、友人とのおしゃべりなど普段通りの生活を楽しむパトリック。
リーの都合は一切忖度せず、引越ししたくないと訴える姿は自分勝手で我がままにも見えるが、それは16歳の少年の精一杯の強がりだった。「普通にすること」で、あえて哀しみを紛らわせようとしていたのだね。冷蔵庫のシーンはパトリックの内心の動揺や不安がよく表れていたように思う。
連絡が取れ、再会した母親と一緒に暮らせるのではという淡い期待も消えてしまい、16歳にして親を失ってしまったパトリック。平常でいられるはずはない。
ある時、パトリックはリーが大切に飾ってある3枚の写真を観て息を飲む。彼はその写真を見て改めてリーの身に起こったことに想いを馳せたに違いない。リーもまた大切な人を失っているのだ。
この時から少しだけパトリックはリーに歩み寄ったように見えました。パトリックを演じたルーカス・ヘッジスは20歳にして本作でアカデミー助演男優賞にノミネート(受賞はならず。)
妻との再会
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出番は少なかったけれど、ミシェル・ウィリアムズが演じたリーの元妻ランディの存在感が抜群だった。
この二人が偶然町中で再会するシーン。涙なくしては見られなかった。
かつてランディは「地獄に落ちるほどに酷いこと」を言ってリーを責めた。そして、そのことを後悔している。
最愛の子どもたちの命を最愛の夫が奪ったのだから、ランディの混乱はすさまじかっただろう。愛情と憎しみで引き裂かれそうで、やり場のない怒りを全力でリーにぶつけたのだと思う。後悔している。でも後悔しても、取り返しがつかないことを彼女はわかっている。
「もう恨んでない。」「死なないで。」
ランディは必死に訴える。しかしリーは「その言葉で救われた。」と言うのみで逃げるように去ってしまう。
リーが救われたようには見えなかった。
愛する人から愛するものを奪い、悲しみの地獄に突き落したのはほかならぬ自分。許されていいはずがない。リーは自分を罰したがっているように見えた。新しいパートナーとの間に子供が生まれて幸せそうに見えるランディも、生きている限り救われることはないのだろう。
二人が失ったものはあまりに大きすぎる。
痛みとともに生きていく。
「乗り越えられない。辛すぎる。」
リーの血を吐くような言葉。
リーはパトリックと一緒にマンチェスター・ザ・シーで暮らすことはできないこと、パトリックはジョーの友人であるジョージ夫妻の養子になることを伝える。感動的な話に仕上げたいなら、ここで過去を乗り越えてパトリックの後見人となり故郷で暮らす、という展開になるのかもしれない。けれどそういう展開ではなかったことで、なんだか逆に救われた気がしたのです。
「負けないで。」「逃げないで。」「前向きに生きて。」
これら励ましの言葉は、深い悲しみに底にある人を呪いの刃のように切りつけ、さらに深い闇に落としてしまうことがある。
けれど…。ムリに乗り越えなくていい。ムリに忘れようとしなくていい。そんな風に思わせてくれる。癒しようもない傷の痛みに苦しむ人にそっと寄り添うような作品だった。
▼かつて幸せだったころのリーの笑顔。
出典:http://eiga.com/movie/86138/
回想の中ではたくさん笑っているのに、今は笑わなくなってしまったリーが、わずかに笑みを見せるシーンが終盤にありました。
パトリックがいつか遊びに来るかもしれないから、と予備の部屋がある大きめの新居をボストンで探すリー。二人のぎこちないキャッチボール。
それはリーの小さな一歩でもある。傷が癒されることはないけれど、どうか少しでもリーの心が穏やかになる日が来ることを祈りたい気持ちになった。痛みと悲しみに彩られた作品の中で、わずかに光が射したようなラストでした。
<スポンサーリンク>最後に
自業自得だからリーに共感できなかった、というレビューを目にしました…。人の感じ方はそれぞれだから間違いじゃないけれど、彼の過ちは目の前で3人の子どもを焼死させても仕方がないと言えるほど、大きな過ちだろうか?
リーに全く悪気がなく、むしろ子供たちが寒そうだから暖炉に火を入れたんだろう。そしてほんの少しの間だけ、外出してしまった。自分がいない間に火が消えないように、薪をくべてから。
たしかに不注意だと思う。けれど、その不注意の代償はあまりに大きい。彼はそこまでの罪を犯しただろうか?私はそうは思えなかった。
警察で取り調べを受け、あっさり釈放が決まったことに対して、「信じられない」といった表情を見せるリー。彼は罰されたかったに違いない。
人格が変わるほど自分を責め続けている人を、外野から非難することは私にはできない。警官から奪った銃を自らのこめかみに突きつけた時、リーは引き金に手をかけていた。もしも安全装置がかかっていなければ、ちゅうちょすることなくリーは引鉄を引いていただろう。死ねなかったリーは、自分を罰しながら生きるしかなかったのだ。
静かな波の音が聞こえるエンドロール。
リーのために、ランディのために、亡くなった3人の子供たちのために祈りたい気持ちになりました。
以上、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の感想でした。
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